Piezo2が触覚の分子実体であることは,Piezoチャネルの発見者Patapoutianらが明らかにしたとおりだ。そして,前回の予告で書いたように,毛包(マウス),マイスネル小体,パチニ小体などの機械受容器にみられる複雑な構造は,異なる周波数の振動を感知するのに役立っていると考えられる。では,このPiezoというセンサーをどのように内蔵すれば,それが実現できるだろうか?
適切な比喩かは分からないが,たとえば外気温をちゃんと測るために,百葉箱のような構造物を作ってその中に温度センサーなどを設置したりするのと似たような発想だ。センサーが剥き出しでは日射や雨などの影響を受けてしまい,出力された値の信頼性は低い。百葉箱のようなデザインがあってはじめて,内蔵されたセンサーは他の要因による影響を受けにくくなり,さまざまな気象条件のなかで「温度計」として機能できる。
近年では,アルツハイマー病などの神経変性疾患や糖尿病,がん転移など,Piezoチャネルとの関係が示唆されている病態は数多く存在する。だが,「どのような力が」「組織にどのようにかかり」,そして「どのPiezoチャネルが開口するに至るのか」といった,プロセスの部分についてはほとんど分かっていないのが現状だ。すなわち,センサーを内蔵する構造のデザインが分かれば,メカノバイオロジーの解像度がさらに上がると期待される。
David Gintyらのグループが2023年にNeuron誌に発表した論文は機械受容器におけるメカノトランスダクションの本質に迫る力作で,毛包(マウス),マイスネル小体,パチニ小体など“end organ”と称される特殊構造の形態を詳細に調べたところ,Piezo2陽性の感覚ニューロン軸索に不思議な突起があること,そして,これら3つのend organの形はパッと見では似ても似つかないが,ミクロなレベルでは共通点があることを見出している。Piezoチャネルを駆動するデザインは,だいたい同じようだ。
ここで突然だが,スパゲッティ・モンスターについて触れておきたい。正確にいえばFLAG-tagged spaghetti monster fluorescent protein(smFP-FLAG)とよばれる,GFPに似た足場に10個ものFLAGが融合したものだ。抗FLAG抗体がくっついたようすが,そう,まさにスパゲッティ・モンスターにそっくり!…なのか??。欧米圏のギャグセンスは,ちょっと分からないことが多い。
疑問は尽きないが,ともあれここで重要なのは,このFLAGエピトープが複数個,おなじ足場に集まっているという点で,通常の3x FLAG融合タンパク質などと比べると検出感度が何倍にも増強されると見込まれる。実際,David GintyらのグループがこれをPiezo2タンパク質のC末に融合したノックインマウスを作成したところ,内因性Piezo2の検出感度は,これまでのレポーター系統を凌ぐ結果となったようだ。
これが功を奏して,NFH陽性の軸索からほんの一部,はみ出したようなPiezo2陽性の突起構造が発見される。このスパインのような突起は毛包(マウス),マイスネル小体,パチニ小体いずれにも見られたため,このような構造上の特徴がメカノトランスダクションにとって重要なのかもしれないと考えられた。免疫電顕で見てみると,Piezo2-FLAG punctaは,感覚ニューロンの軸索本体だけでなく,そこから突き出た微細な突起にも見られた(一方,軸索を包みこんでいるシュワン細胞や支持細胞にはPiezo2は発現していなかった)。
このPiezo2陽性の微細な突起が,たとえば物理的にどこかに接しているなどして,実際の場面でPiezo2チャネルの開口に関わっているのかもしれない。こうした可能性を検証できるのが3D-SEMという技術で,レーザーなどによって試料を削りながら走査電子顕微鏡で画像を取得していき,3次元に再構築することができる。論文では毛包,マイスネル小体,パチニ小体で3D-SEMを実施している。
ちなみに3D-SEMのイメージングにはかなりの時間を費やすことになる。たとえば,毛包1つの画像取得が完了するのに5週間かかっている。
話をデータに戻すと,詳細は省くが,end organ内の軸索には無数の突起が伸びていて,コラーゲン線維や別の細胞(シュワン細胞や支持細胞)とadherens junctionを形成していることがわかった。マイスネル小体,パチニ小体内ではシュワン細胞や支持細胞がロールキャベツのように軸索を「ぐるぐる巻き」にしているが,ロールキャベツと決定的に異なるのは,(肉の部分に相当する)軸索が無数の突起を介してみっちりとキャベツ部分に浸透して密着している点で,これらの細胞と機械的に連動していることが示唆される。お肉とキャベツが一体化しているようなイメージだ。そして,この突起にPiezo2が存在していることを考え合わせると,振動などによるend organの変形に敏感に反応してPiezo2が開口するイメージが浮かぶ。この突起が,まさにメカノトランスダクションの現場ではないかと考えられている。
そして,こうした構造はいずれのend organにも共通して見られたことから,メカノトランスダクションの「機能単位」として,種間でも保存されているのではないか,というのがDavid Gintyらの主張だ(すくなくとも動的で軽い触覚にかかわる機械受容器において)。 概ね同意だが,種によっては,たとえば突起の数が少ない,あるいは多いなど,個体の生存に求められる機械受容器の感度によってマイナーチェンジは有り得そうだ。
さて,では,シュワン細胞は何をしているのだろうか?キャベツはただのキャベツにすぎないのか??次回は,シュワン細胞と軸索の機能的な関係性についてフォーカスした論文を紹介できればとおもいます。