メカノトランスダクション最前線(2)〜ロールキャベツの美味しさの秘密〜

ロールキャベツのキャベツは,お肉の美味しさを引き立たせる──これが今回の結論だ。

触覚とは,究極的にはPiezo2が開口し感覚ニューロンが興奮することから始まる。しかし実際にそこに至るまでの道のりは意外と複雑で,マイスネル小体,パチニ小体などにみられるヘンテコな形をしたend organにPiezo2が内蔵されており,さまざまな種類の機械刺激に応じて開口できるような仕組みになっている。このヘンテコな形にはおそらく重要な意味があるだろう。Piezoチャネルを適切な条件で開口できるようなメカニズムを解明できれば,発生から病態まで,メカノバイオロジー全般の理解が深まるにちがいない。

前回は,感覚ニューロン側にフォーカスした論文を紹介した。end organ内の軸索からはスパインのような小さな突起が無数に伸びており,軸索本体だけでなく突起にもPiezo2が存在することがわかった。おそらくこの突起がメカノトランスダクションの現場ではないか,ということが3D-SEMなどによって明らかになってきた。というのも,検証された3つのend organすべてに共通してこの突起が存在し,この突起を介して他の細胞や周辺のコラーゲン線維と密着していたからだ。このような機械的に連動させる機構によって,こまかな振動が軸索の突起へと効率よく伝わるようすが想像できる。

では,軸索を包みこむシュワン細胞(lamellar Schwann cell, terminal Schwann cell)は触覚にとって何らかの役割を果たしているのだろうか?この問に答えるには,シュワン細胞の「機能」にフォーカスした検証が必要だ。今回はカモ(鴨)の電気生理を駆使した論文と,マウスのオプトジェネティクス(光遺伝学)を使って知覚レベルまで解析した論文の2つを紹介したい。結論からいうと,2報とも「シュワン細胞は触覚を増強させている」という内容だ。

まず2025年2月にYaleの研究グループがScience Advances誌に発表した論文(以下,カモ論文と呼ぶ)。
カモは,まず研究対象として面白い。同じ鳥のニワトリと比べると,カモのくちばしを支配しているPiezo2陽性の感覚ニューロンは約2倍にものぼる(三叉神経節におけるPiezo2 transcript陽性細胞数)。これは,濁っている水中に頭を突っ込み,くちばしであちこち触りながら触覚を頼りに餌をとる生態と関係していると思われる。また,マウスのパチニ小体は身体の深部に位置する(腓骨に接している)のに対して,カモのパチニ小体は無毛皮膚(glabrous skin)の直下に埋め込まれており,この点でわれわれの手のひらと構造がよく似ている。ヒトの皮膚触覚を考えるうえでも良いモデルになりそうだ。

さて,このカモ論文のハイライトは,なんといっても緻密な電気生理実験を丹念に積み重ねている点にある。
まず,シュワン細胞でパッチクランプをしながらパチニ小体を外側から棒でつつくと,シュワン細胞は機械刺激に対して明確に反応することがわかった。今度は,シュワン細胞は棒で突かずに電極で興奮させつつニューロン側で電流を測定してみる。すると,ニューロンでも電流が流れる。最後に,シュワン細胞を電極で活性化させつつ,通常のニューロン単体では発火しないようなわずかな機械刺激を外から与える。その結果,閾値下の機械刺激でも発火するようになった。
これらの実験をまとめると,ニューロンのみならずシュワン細胞もメカノセンサーであり,しかもニューロン側の閾値を下げる役割がある,ということになる。

ちなみに前回紹介したDavid Gintyらの論文では,シュワン細胞にはPiezo2タンパク質は存在せず,シュワン細胞においてPiezo2遺伝子をノックアウトしてもニューロン側の機械刺激に対する感度には影響しないということだった。となると,シュワン細胞にはPiezo2以外のメカノセンシング機構が備わっている可能性が考えられる(実際,カモ論文で実施されたシュワン細胞のRNAseqデータからは,TMEM63Bなど他のメカノセンサーチャネルの発現が確認されている)。

再びロールキャベツのたとえを強引に持ち出すと,やはりキャベツはただのキャベツではなかった(もしそうなら別々に食べれば済む話だ)。キャベツはお肉と渾然一体となるばかりか,機能的にもお肉の美味しさを引き立たせていたのである!

今後,皮膚触覚にかぎらず,こうした感覚ニューロンに付属する「構造体」が見つかった場合には,ロールキャベツを思い出すと,その機能に迫れるかもしれない。案外,キャベツは良い仕事をしているかもしれません。

次回はもう一つの,オプトジェネティクスを用いた論文のほうを紹介します。キャベツを美味しくしたり不味くしたりすると,ロールキャベツは一体どうなってしまうのか…??