メカノトランスダクション最前線:触覚に秘められたデザイン

メカノトランスダクションについて書いているうちに,『実験医学』のコラムに寄稿する機会を得たので,まとめたものはそちらに書いたが,こちらにも再録しておく.

つるつる,さらさら,ざらざら──

あなたの手が物体に触れると生じるこの多彩な“触り心地”は,さまざまな振動の周波数に反応する触覚受容器の組み合わせによって実現されている.なかでもズバ抜けて敏感なのがパチニ小体と呼ばれる受容器であり,哺乳類が知覚できるなかで最も頻度の高い(マウスでは100〜2000 Hz)振動を検出できるようチューニングされている.

パチニ小体のような超高感度な振動センサーの性能は,いかにして実現可能なのだろうか?こうしたセンサーの駆動メカニズムに迫ることを目的として,そのミクロな機能性デザインを明らかにしようとするのが“メカノトランスダクション研究”だ.メカノバイオロジー分野におけるホットトピックの1つであり,近年とくに進展著しい.

その発展のきっかけとなったのがFIB-SEM(集束イオンビーム走査電子顕微鏡)に代表される,3次元構造解析法の普及だろう.膨大な数の電子顕微鏡写真撮影を行ったあと,ディープラーニング技術の力を借りながら細胞や構造物をトレースし,全体を再構築していく手法だ.

触覚受容器を丸ごとFIB-SEMにかけてみた結果,まず明らかになったのは,その内部構造にみられる意外な共通点だ(Handler A, et al:Neuron, 111:3211-3229, 2023).触覚受容器の最深部に位置する感覚ニューロンの神経終末からは,多数のスパインに似た突起が伸長しており,まるで“試験管ブラシ”のような,立体的に複雑な形をしていた.そして,この複雑な形状を介して周囲のシュワン細胞などとアドヘレンスジャンクションを形成しており,機械的に連動するような機構になっていることが示唆されている.

では,なぜパチニ小体は,触覚受容器のなかでも際立って高感度なのだろうか?最近,この疑問について,“パチニ小体内のシュワン細胞が振動検出能を増強させている”という結論が,電気生理学的手法(Ziolkowski et al., Sci. Adv. 11, eadt4837, 2025),オプトジェネティクス(Chen Y-T et al.: Sci. Adv. 11, eadt5110, 2025)から導き出されている.いずれもパチニ小体の終末シュワン細胞を活性化させると神経線維の閾値が低下することを実験的に明らかにしているが,後者の論文ではさらに一歩踏み込んで,行動実験によって実際の知覚に及ぼす影響まで調べられており,終末シュワン細胞の活動を光遺伝学的に抑制すると,振動を知覚する閾値が5倍も上昇することが示されている.パチニ小体内の終末シュワン細胞は,知覚可能な最高頻度の振動を検出するのに不可欠な存在のようだ.

今後は触覚受容器にとどまらず,さまざまなメカノセンサー器官に宿るデザインへの理解が深まることによって,その性能の秘密が解き明かされていくだろう.メカノトランスダクション研究は,生体内にはまだまだ魔法のような仕掛けが隠れていると思わされる分野であり,さらなる展開が期待される.