PIEZOチャネルが2010年に報告されてからというもの,メカノバイオロジー領域は基礎から臨床まで,おおいに盛り上がっている。その背景には, PIEZO1/2の機能欠損・機能亢進変異をもつヒト(患者)の存在がある。「振動に気づけない」「排尿せずに丸一日過ごせてしまう,腹部を自分で押さないと排尿できない」「子どもの頃は便秘で,大人になってからは下痢気味だ」などなど,彼らの訴えるさまざまな症状をもとに研究が始まることが少なくない。そして,遺伝子改変マウスなどを用いた解析によって,触覚や固有感覚,尿意,便通の制御にPIEZOチャネルがどのように関わっているか明らかになってきた。これらの機能は,どれも身近で,日常を生きていくのに欠かせない。PIEZO研究は,分子レベルの理解と,こうした個体レベルの解析との二人三脚で急速に進んだ側面があるからこそ,じつにリアルでスリリングなドラマに満ちている(意外な展開もあったりする)。人体の不思議さ,巧妙さに,つい思いを馳せてしまうような大発見の連続なのだ…
…といった内容を『週刊 医学のあゆみ』に寄稿したので,ぜひ手にとって読んでいただければ幸いです。(9月号だったと思います)
さて,その一方で,細胞をガラス棒でつついてPIEZOチャネルが開口する,という一般的な概念図は,実際の生体で起こっていることとはかけ離れている。たとえば触覚の場合,まさか感覚ニューロンが剥き出しのまま指先から飛び出ていて,ものに触れていると思う方はいないだろうが,実際には,マイスネル小体,パチニ小体といった,特殊なカプセルのような構造物に感覚ニューロンの末端が包まれていて,それぞれ皮膚の浅いところ,深いところに埋め込まれている。感覚ニューロンの終末もそれに合わせて,毛包を囲むようにガスコンロのゴトクのような構造をとったり,マイスネル小体のなかではグネグネとよじれた構造になっていたりする。マウスのパチニ小体はシリンダー状で,その中心を感覚ニューロンがまっすぐ貫いている。まるでアメリカンドッグのような形だ。
なぜ,このようなヘンテコな構造になっているのだろうか??
おそらく,こうした形には何らかの「必然性」があるからだろう,と考えるのが自然だ。さまざまな種類の振動を感じ取るために,メカノセンサーチャネルを内蔵した,こうした複雑な構造物が作られたのではないか…。
このように,メカノセンサーチャネルを発現する組織がどのように力を感じ,機能するに至るのかを考えるのが“メカノトランスダクション”の研究で,まだ手つかずの部分が多い。
2023年以降,パチニ小体などについてのメカノトランスダクションに踏み込んだ重要な論文が立て続けにでてきており(主に3報),どの論文も注目に値する。というのも,いずれも同じような手法が使われているが,着地点は微妙に異なっているからだ。このあたりを整理してお伝えできればとおもうのだが,…アメリカンドッグやら書いていたらお腹が空いてきてしまったので,いったんここで筆を擱かせていただきます。
次回,『鴨とキャベツのスパゲティ』をお送りします。おたのしみに!