Piezoをはじめとするメカノセンシングにかかわる知見を紹介します。ゆるめに不定期更新。
- ゾウの振動,ネズミの振動
振動は,生態学的にとても重要な意味をもっている。ゾウは,地面の振動をつうじてその鳴き声や動きを察知し,何キロも離れた仲間とコミュニケーションをとることが知られている(このとき,足や鼻の機械受容器を介していると考えられている2,3)。ほかにも,ヘビは顎を地面に押し付けて,獲物が動くときに発生する微細な振動を感知する4。
ヒトでも,メスやハサミのような道具に習熟すると,使用している道具が自分の指先の延長であるかのように表面を感知できるようになるが,これは,道具から伝わる振動や圧力を機械受容器(mechanoreceptor)が感知しているからだ。ヒトの指先など,無毛皮膚には4種類の機械受容器が存在し,それぞれが手の触覚にかかわっている。そのうちの1つ,パチニ小体は,高周波の振動(~50-2,000 Hz)を検知するのに特化した機械受容器だ。
しかし,このパチニ小体ニューロンが実際に自然環境下でどのような振動を検知しているのか,また,それが生理的・生態学的にどのような意味があるのかについては分からないことが多い。
David Gintyラボから2024年10月9日付けでNeuron誌に発表された論文『Coding of self and environment by Pacinian neurons in freely moving animals(自由に行動する動物のパチニ小体ニューロンによる自己・環境の符号化)』では,マウスを自由に行動させながら,そのマウスの機械受容ニューロンの活動を記録し,パチニ小体ニューロンが,あらゆる身体の動きや外界の振動に対してきわめて敏感に反応していることを明らかにしている1。
手法としては,記録用のガラス電極を,機械受容ニューロンの細胞体が集まっている後根神経節(L4 DRG)に埋め込んで,どの種類の機械受容ニューロンかが判明したらUVレジンでその電極をすみやかに固定する。あとはマウスを自由に行動させながら,そのときの神経活動を記録していく。
実験の結果,パチニ小体が,じつにさまざまな自身の身体の動き(self-motion)に応じて発火することがわかった。まず歩行時には肢が地面に着地した瞬間に発火する。これは想定内だが,ほかにも,マウスを宙ぶらりんにして肢がどこにも接していない状況や,前肢をつかって掘る動作(後肢はほとんど動いていない),さらには傾斜のある金属表面を登っていてうっかりツルッと滑ってしまうときにも発火が見られる。かなり微細な身体の動きに反応しているようだ。
このことから,外部からの振動にも敏感に反応していると予想され,検証が行われている。アクリル板,段ボール,発泡スチロールなど,さまざまな素材の上にマウスを置くとともに,実験者が指でその板をなぞると微細な振動が発生する。すると,その振動に合わせてパチニ小体ニューロンが発火することがわかった.一方で,ほかの機械受容ニューロンではほとんど活動が見られないことが明らかになった。驚くべきことに,木の枝の上にマウスを置き,2.5mも離れたところから同様の振動を与えてもパチニ小体ニューロンが発火する。このときも,体毛に神経支配しているような機械受容ニューロンは反応しておらず,パチニ小体の特殊性が際立つ。
さらに,パチニ小体ニューロンを1つ1つ記録していくと,その感度はさまざまであることがわかった。これは機械的な刺激に対して集団符号化(population coding)するのに適している。例えば,自身の身体の動きによって発生した振動なのか,それとも外部からの振動なのかを区別するのに役立っているかもしれない。最も高感度のものは,わずか100nmの振幅も検出できる。
以上,かいつまんで紹介したが,まず自由に行動しているときの動物の神経活動を記録することの意義は大きい。これまでの機械受容器の研究は,麻酔下だったり,あるいは動きが制限されたなかでの神経活動記録をもとにしたものであったし,数理モデル化に頼るなどしていた。しかし,実際にマウスが森のなかでどのような振動を情報として感知しているのかを知るうえでは,今回のようなアプローチが不可欠だ。David Gintyの研究の射程は,この論文のように神経生理学から生態学にまで及んでおり,「なんでも明らかにしてやろう」という凄味を感じる。
では,パチニ小体によって得られた情報が,中枢神経系によってどのように処理され,それが個体にとってどのような意味をもつようになるのだろうか。想像を膨らませてみると,このような超微細な振動は,「気配」「雰囲気」として知覚されているのではないだろうか。触覚というよりは,むしろ聴覚に近いような気もする。これについてもDavid Gintyが追究しているので,また別の機会に紹介したい。
1 なお,パチニ小体は,ヒトや霊長類では深部真皮や皮下組織に存在するが,マウスなどの小型哺乳類では,肢の骨を覆うように存在する。ヒトとは異なり,パチニ小体が皮膚表面からかなり遠いところに位置しているという点には留意しておく必要がある。
2 DOI: 10.1152/physiol.00008.2007
3 DOI: 10.1121/1.2747161
4 DOI: 10.1242/jeb.205.5.661